2008/11/15 16:25:52
選曲してブログに音楽を流す
・再生はmp3ファイルのみ(wmaファイルはダメ)
・プレーヤー本体(swfファイル)と曲(mp3ファイル)のアップロードURLが必要(相対URL可)
・objectタグ(html)が有効な(制限されていない)ブログ・サイト
・曲名は日本語OK
ダウンロード
player_mp3.zip
プレーヤー(swfファイル2つ)入っています。
お好きな方をどうぞ。
<object class="playerpreview" type="application/x-shockwave-flash" data="http://blog-imgs-45.fc2.com/r/a/c/rachina/player_mp3_multi.swf" height="100" width="200"><param name="movie" value="http://blog-imgs-45.fc2.com/r/a/c/rachina/player_mp3_multi.swf"><param name="FlashVars" value="mp3= http://utauouji.up.seesaa.net/image/E3839AE38380E383AB.mp3|http://utauouji.up.seesaa.net/image/E5ADA6E6A0A1E381AEE59484.mp3|http://utauouji.up.seesaa.net/file/E6989FE9998DE3828BE5A49C.mp3&title=ペダル|がっこうの唄|星降る夜&bgcolor1=189ca8&bgcolor2=085c68"></object>
;
・再生はmp3ファイルのみ(wmaファイルはダメ)
・プレーヤー本体(swfファイル)と曲(mp3ファイル)のアップロードURLが必要(相対URL可)
・objectタグ(html)が有効な(制限されていない)ブログ・サイト
・曲名は日本語OK
ダウンロード
player_mp3.zip
プレーヤー(swfファイル2つ)入っています。
お好きな方をどうぞ。
<object class="playerpreview" type="application/x-shockwave-flash" data="http://blog-imgs-45.fc2.com/r/a/c/rachina/player_mp3_multi.swf" height="100" width="200"><param name="movie" value="http://blog-imgs-45.fc2.com/r/a/c/rachina/player_mp3_multi.swf"><param name="FlashVars" value="mp3= http://utauouji.up.seesaa.net/image/E3839AE38380E383AB.mp3|http://utauouji.up.seesaa.net/image/E5ADA6E6A0A1E381AEE59484.mp3|http://utauouji.up.seesaa.net/file/E6989FE9998DE3828BE5A49C.mp3&title=ペダル|がっこうの唄|星降る夜&bgcolor1=189ca8&bgcolor2=085c68"></object>
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2008/11/05 21:48:20
新しい考え方を持つこと
ある日のこと、私がオフィスのコピー機を使おうとしたところ、そこには誰かが取り忘れたと思われるコピーの原稿がありました。その原稿には、「なぜ男は女より幸せなのか」というタイトルの文字が。私は思わず引き寄せられ、その原稿を読み進めました。すると、男性が幸せな理由が、こんな風に書かれていたのです。
・男性は何年も、いや何十年も同じヘアスタイルでいられる。
・顔のどこの部分をとっても、地肌の色のまま。
化粧で悩む必要がない。
・思いやりのあるささいな行動で、大きな信頼が得られる。
・妊娠することがない。
これを見て、私は笑みを浮かべてしまいました。原稿のリストにはもっと多くの内容が書かれていましたが、それは明らかに、お互いが信頼し合っている人の間で交わされたジョーク。面白がらせるためのもので、怒りを招くようなものではありませんでした。私は、性別間の違いをピックアップした、同じようなジョークのリストを目にしたことがあります。このようなジョークは、どうでもいいことだけど言われてみれば確かにそうだと思えるので、人々に受けるのだと思います。例えば、私が目を通したリストの最後の項目は、論議の余地のないものでした(他の項目はそうでもありませんでしたが)。
ある人のグループがどう振る舞うか、どの様に振る舞わないかという予測した内容は、 必ずしも不変の真実と関係があるとは言えません。しかし、性別や国籍などに関する従来の考え方を受け入れることで、私たちは、世界とは簡単でわかりやすい規制に従って誰もが行動している、すばらしくも予想しやすいものだと納得することが出来ます。ただ問題なのは、そう考えること自体が真実ではないということですが。
それはともかくとして、私たちが確かにそうだと思える行動をとる人をよく観察してみるのは面白いもので、それを否定するつもりはありません。私は、こんな出来事があったのを覚えています。それは休日に、フランス人ガイド付きの小さな海上ツアーに出かけたときのこと。波に揺られるので、ガイドさんは、 片方の手でレールを掴んで自分の体を安定させ、もう一方の手でマイクを握らなければなりませんでした。しかし、彼女は、ジェスチャーをするために3つめの手が欲しいと感じていたのでしょう。彼女は、何度も船のデッキに投げ出されそうになりながらも、レールから手を放し見所となるポイントを強調するように手を使いました。そしてそのとき、わたしが以前きいていたこと、つまり、フランス人は話すときに頻繁に手を使うということを思い出したのです。しかし、よく考えてみると、私たちが出会ったほとんどのフランス人は、スウェーデン人やアメリカ人よりも手のジェスチャーを使うことが少なかったことに気が付きました。
話は戻りますが、もし、私が男性ばかりの職場で(または女性ばかりの職場で男性として)働いていたら、私は、リストの内容を見て笑みを浮かべることもなかったでしょう。あるグループ内の少数派に属する人々は、違いを感じることでいつもうんざりするので、他の人との違いに注目することは生産性のないものであり、腹立たしいものであると往々にして感じています。これは、無視できるものではありません。ひょっとすると、固定観念を持つ人間は、例えば、イギリスのバス会社では、183人いるドライバーの中で女性は一人、私が最近ロンドンへ行ったときには、有名な黒色のタクシーを見ましたが、私が見たドライバーの中で女性はたった一人、こんな状況が間違っていると言いにくいかも知れません。しかし、固定観念にまつわるのは、性別のことだけではありません。私には、定年間際の同僚がいますが、この前会ったときに、彼は「見た目(人を見る目)」に気がつくようになったのだと話してくれました。どういう意味なのかと彼に尋ねたところ、歳を重ねて彼のような年齢になると、周囲の人々に対してどんな風に近づいてくるかを見定めるようになるのだとか。そして、職場にいる周りの若い同僚は、彼の言うことを、自分には関係のないことだと考えているようです。
この類の受け止め方は良いものではありません。固定観念や予測している内容が、自分自信を見る見方に影響してくると、深刻なことになります。私は先週、成功を収めたスウェーデンのある部目テニスプレーヤーの母親と話す機会がありました。話の時母親は、そのテニスプレーヤーが12才のときのことを、思い出して話してくれました。その当時、クラブのテニスコーチが、子供たちに一番大きな目標は何かを聞いたそうです。すると、ほとんどの男の子は「世界でトップになる」「選手権で優勝する」と答えたのですが、一方でほとんどの女の子が「フォアハンドをうまく打てるようになること」と、控えめな答えを返したのだとか。もちろん、結局のところ、フォアハンドをうまく打てれば、テニスのチャンピオンになれる可能性はあるのですから、どちらの答えも間違いではありませんね。でも、ここで私たちが気付かなければならないことは、他人が自分たちに対して持っている限定的な考え方を、自分たちが無意識に受け入れた場合のことです。
個人的には、他の人が何十年も同じヘアスタイルでいても、ちっとも気になりません。しかし、性別、年齢、国籍などについての古臭い考え方や先入観を持ち続けると、自分自身が時代遅れになっていることに気付くことでしょう。(化粧をしようがすまいが、しわがあろうがなかろうが)人々は、自分たちの持つ可能性に十分気づいたとき、そこから生まれる創造性やエネルギーを止めることはできないのです。
ご意見・ご質問のある方は
gwyneth.olofsson@communico.o.se
までメールでお送り下さい。
ある日のこと、私がオフィスのコピー機を使おうとしたところ、そこには誰かが取り忘れたと思われるコピーの原稿がありました。その原稿には、「なぜ男は女より幸せなのか」というタイトルの文字が。私は思わず引き寄せられ、その原稿を読み進めました。すると、男性が幸せな理由が、こんな風に書かれていたのです。
・男性は何年も、いや何十年も同じヘアスタイルでいられる。
・顔のどこの部分をとっても、地肌の色のまま。
化粧で悩む必要がない。
・思いやりのあるささいな行動で、大きな信頼が得られる。
・妊娠することがない。
これを見て、私は笑みを浮かべてしまいました。原稿のリストにはもっと多くの内容が書かれていましたが、それは明らかに、お互いが信頼し合っている人の間で交わされたジョーク。面白がらせるためのもので、怒りを招くようなものではありませんでした。私は、性別間の違いをピックアップした、同じようなジョークのリストを目にしたことがあります。このようなジョークは、どうでもいいことだけど言われてみれば確かにそうだと思えるので、人々に受けるのだと思います。例えば、私が目を通したリストの最後の項目は、論議の余地のないものでした(他の項目はそうでもありませんでしたが)。
ある人のグループがどう振る舞うか、どの様に振る舞わないかという予測した内容は、 必ずしも不変の真実と関係があるとは言えません。しかし、性別や国籍などに関する従来の考え方を受け入れることで、私たちは、世界とは簡単でわかりやすい規制に従って誰もが行動している、すばらしくも予想しやすいものだと納得することが出来ます。ただ問題なのは、そう考えること自体が真実ではないということですが。
それはともかくとして、私たちが確かにそうだと思える行動をとる人をよく観察してみるのは面白いもので、それを否定するつもりはありません。私は、こんな出来事があったのを覚えています。それは休日に、フランス人ガイド付きの小さな海上ツアーに出かけたときのこと。波に揺られるので、ガイドさんは、 片方の手でレールを掴んで自分の体を安定させ、もう一方の手でマイクを握らなければなりませんでした。しかし、彼女は、ジェスチャーをするために3つめの手が欲しいと感じていたのでしょう。彼女は、何度も船のデッキに投げ出されそうになりながらも、レールから手を放し見所となるポイントを強調するように手を使いました。そしてそのとき、わたしが以前きいていたこと、つまり、フランス人は話すときに頻繁に手を使うということを思い出したのです。しかし、よく考えてみると、私たちが出会ったほとんどのフランス人は、スウェーデン人やアメリカ人よりも手のジェスチャーを使うことが少なかったことに気が付きました。
話は戻りますが、もし、私が男性ばかりの職場で(または女性ばかりの職場で男性として)働いていたら、私は、リストの内容を見て笑みを浮かべることもなかったでしょう。あるグループ内の少数派に属する人々は、違いを感じることでいつもうんざりするので、他の人との違いに注目することは生産性のないものであり、腹立たしいものであると往々にして感じています。これは、無視できるものではありません。ひょっとすると、固定観念を持つ人間は、例えば、イギリスのバス会社では、183人いるドライバーの中で女性は一人、私が最近ロンドンへ行ったときには、有名な黒色のタクシーを見ましたが、私が見たドライバーの中で女性はたった一人、こんな状況が間違っていると言いにくいかも知れません。しかし、固定観念にまつわるのは、性別のことだけではありません。私には、定年間際の同僚がいますが、この前会ったときに、彼は「見た目(人を見る目)」に気がつくようになったのだと話してくれました。どういう意味なのかと彼に尋ねたところ、歳を重ねて彼のような年齢になると、周囲の人々に対してどんな風に近づいてくるかを見定めるようになるのだとか。そして、職場にいる周りの若い同僚は、彼の言うことを、自分には関係のないことだと考えているようです。
この類の受け止め方は良いものではありません。固定観念や予測している内容が、自分自信を見る見方に影響してくると、深刻なことになります。私は先週、成功を収めたスウェーデンのある部目テニスプレーヤーの母親と話す機会がありました。話の時母親は、そのテニスプレーヤーが12才のときのことを、思い出して話してくれました。その当時、クラブのテニスコーチが、子供たちに一番大きな目標は何かを聞いたそうです。すると、ほとんどの男の子は「世界でトップになる」「選手権で優勝する」と答えたのですが、一方でほとんどの女の子が「フォアハンドをうまく打てるようになること」と、控えめな答えを返したのだとか。もちろん、結局のところ、フォアハンドをうまく打てれば、テニスのチャンピオンになれる可能性はあるのですから、どちらの答えも間違いではありませんね。でも、ここで私たちが気付かなければならないことは、他人が自分たちに対して持っている限定的な考え方を、自分たちが無意識に受け入れた場合のことです。
個人的には、他の人が何十年も同じヘアスタイルでいても、ちっとも気になりません。しかし、性別、年齢、国籍などについての古臭い考え方や先入観を持ち続けると、自分自身が時代遅れになっていることに気付くことでしょう。(化粧をしようがすまいが、しわがあろうがなかろうが)人々は、自分たちの持つ可能性に十分気づいたとき、そこから生まれる創造性やエネルギーを止めることはできないのです。
ご意見・ご質問のある方は
gwyneth.olofsson@communico.o.se
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